大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)52号 判決 1964年5月26日

アメリカ合衆国コネチカット州

サフィルド市イーストストリート無番

原告

グレゴール・ライトン・ラング

右訴訟代理人弁理士

杉村信近

杉村暁秀

被告

特許庁長官

佐橋滋

右指定代理人通商産業事務官

江口俊夫

主文

特許庁が昭和三七年抗告審判第一三九九号事件について昭和三八年一月八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二  請求の原因

一  原告は、特許庁に対し、昭和三四年二月二七日名称を「航空機の離陸安全指示装置」とする発明について特許出願(昭和三四年特許願第五九八三号)したところ、昭和三七年四月一八日同出願について拒絶査定があり、同月二五日同査定の謄本の送達を受けた。原告は、同年八月二四日この査定を不服として抗告審判の請求(昭和三七年抗告審判第一三九九号)をしたところ、特許庁は、昭和三八年一月八日右抗告審判の請求を却下する旨の審決をし、この審決の謄本は同月一九日原告に送達されたが、同審決に対する訴提起の期間は、特許庁長官の職権により同年五月一八日までとされた。

二  本件審決の理由の要旨に、つぎのとおりである。

本件出願についての拒絶査定の謄本は、昭和三七年四月二五日原告に送達されたから、同査定に対する抗告審判の請求は、査定送達の日から三〇日と特許庁長官の職権で延長された二か月との期間内、すなわち、同年七月二五日までにされなければならないところ、本件抗告審判の請求は、同年八月二四日にされているので、右期間経過後の不適法な請求であり、その欠缼は、補正することができないものであるから、右請求は却下されるべきものであるというのである。

三  けれども、本件審決は、つぎの理由により違法であり取り消されるべきものである。

本件拒絶査定に対する抗告審判請求のための職権延長にかかる期限が昭和三七年七月二五日であることは、審決が示すとおりであるが、原告は、その期間内である同月二四日に、さらに、書面をもつて特許庁に、同年八月二四日まで同期間延長の請求をし、特許庁長官より抗告審判請求書差出期間を昭和三七年八月二五日まで延長する旨の許可を得た。したがつて、それまでにされた本件抗告審判の請求は、適法である。

(一)  右許可は、昭和三八年一月二五日付期間延長許可書をもつて、同月二九日にされたものである。原告は、はじめ、本件拒絶査定に対する抗告審判請求期限を前述のとおり昭和三七年七月二五日とすることの許可を得ていたところ、さらに、同月二四日、特許庁に同年八月二五日までの同期間延長請求書(甲第四号証の一)を提出した(甲第八号証特許庁編特許実用新案審査便覧例規九一・〇七A参照)。もつとも、その際、原告は、同請求書を「実用新案変更差出期間延長請求書」と題し、かつ、その本文中に「意見書」を差し出すべき旨それぞれ誤記したけれども、元来本件のような場合、意見書は拒絶理由通知に対してだけ差し出しうるものであり拒絶査定の謄本が出願人に送達された後抗告審判の請求がされるまでに差し出されることはないから、右延長請求書は、当然抗告審判請求期間の延長請求にかかるものと解すべきことが明らかである。そして、請求書には、事件の表示、出願人の名称が正確に記載されており、抗告審判請求期間延長請求の趣旨が十分明らかであるから、特許庁においても補正の手続を経て請求に応ずる処理をすべきものである。現に、特許庁長官は、本件抗告審判請求却下の審決の後ではあるが、原告に対し、右期間延長請求書の補正を口頭で命じ、原告において補正に応ずるや、これに対し昭和三八年一月二九日前述のとおり同月二五日付期間延長許可書(甲第四号証の二)をもつて昭和三七年八月二五日まで抗告審判請求書差出期間を延長したのである。かかる手続は、当然本件審決前にされなければならなかつたものである。そのうえ、発明の実体審査に関する権限は、審査官および審判官の専権に属するけれども、期間延長許可等の手続に関する事項は、すべて特許庁長官の権限に属するものであるから、同庁官の権限でされた右許可の有効であることは、いうまでもない。

ところが本件抗告審判請求却下の審決があるまで原告に右誤記補正の機会を与えないばかりか、期間延長許可の決定を通知することもせず放置していたことは、本件に適用のある旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第二三条に違背するものであり、また、本件抗告審判の請求に対し実体審査に入らずこれを欠缼の補正しえないものとすることは、発明者の保護と発明の公開を基幹とする特許法の精神に反し、ひいて、本件審決を違法ならしめるものである。

(二)  なおまた、昭和三七年七月二四日に特許庁にした抗告審判請求期間延長の右請求については、このような場合、前記特許庁例規九一・〇七Aの〔Ⅱ〕(5)の規定によれば、一か月以内に限り延長できるとされており、取扱の実際においては、一律に一か月の延長を許可されることになつている。請求人が一か月以内で期間の延長を求めたとき、この期間が削減されて許可されたことはない。そして、右例規は、国内および国外のすべてに知られ、出願等の取扱の基準であり、適宜に変更しえない慣習法的なものとして扱われている。したがつて、この点からしても、本件抗告審判請求は、右延長請求により当然これをすることができることになつた期間内にされた適法なものである。これを期間徒過後にした不適法な請求として却下した本件審決は、違法のものである。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三  被告の答弁

一  原告の請求を棄却するとの判決を求める。

二  請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項の点については、本件拒絶査定に対する抗告審判請求のための職権延長にかかる期限が昭和三七年七月二五日であること、特許庁長官名義の原告主張の日付にかかる本件抗告審判請求書差出の期間を同年八月二五日まで延長する旨の許可書が、原告に対し原告主張の頃送達されたことおよび原告が請求原因第三項の(二)において主張するとおり、拒絶査定に対する審判請求等について一か月以内で同請求期間の再度延長請求があつた場合、従来例外なく請求どおりの延長が認められて来たことは、いずれも認める。

第四  証拠≪省略≫

理由

一  特許庁における本件審査、審判手続の経緯および本件審決の理由の要旨についての請求原因第一、二項の事実ならびに本件拒絶査定に対する抗告審判請求のための職権延長にかかる期限が昭和三七年七月二五日であることは、当事者間に争がない。

そして、原告が特許庁に右期限の前日である同月二四日に、さらに、書面をもつて抗告審判請求期間を同年八月二四日まで延長するようその許可を請求したことについては、被告の明らかに争わないところであるから、自白したものとみなされる。

二  ところで、昭和三七年七月二五日まで延長された右の法定期間をさらに延長することの許可を求める請求が右のとおりされた以上、原告においてその撤回の意思を表示した等特別の事情の認められない本件では、特許庁においては、この請求に対し特許庁長官が許否の判断を示すべきものであることはいうまでもない(特許法施行法第二〇条第一項、旧特許法第二三条)。ところが、前示争のない事実と弁論の全趣旨によれば、本件審決は、原告が昭和三七年八月二四日にした本件抗告審判の請求は同年七月二五日まで延長された法定期間経過後の請求にかかるものであるから不適法のものであるとしてこれを却下したものであり、原告がこれより先同年七月二四日にした前示期間延長の請求について、これをした審判官はその請求がされていることに気づかず、したがつてまた、その許否の判断がされていないことを知らないままされたことが明らかである。(もつとも、その成立に争いのない甲第四号証の一によれば、原告代理人は、右抗告審判請求期間延長の請求をするにあたり、普通審査または審判の係属中拒絶理由の通知等に対し差し出すべき意見書の差出期間延長請求に用いる、印刷された「意見書差出期間延長請求書」の用紙を用い、ただ表題の「意見書」の文字を「実用新案変更」と改めたほかはそのまゝとし、これに事件の表示、発明の名称等所要の事項を記載したもので、「抗告審判請求書差出期間延長請求書」と明白に記載したものでないことが認められ、この点においては原告代理人の側にも決して落度がなかつたものではないといえるが、これを受けた特許庁としては、当該事件はすでに審査を終え、拒絶査定がされ、これに対する抗告審判請求書差出期間は特許庁長官の職権により二か月延長され、右請求書の提出はその期間の終了直前にされたものであることは当然明白なものであるから、この時期において意見書差出期間延長の請求はありえず、また普通「実用新案変更差出期間の延長請求」は「抗告審判請求期間延長請求」と併び行われているものであることにかんがみれば、特許庁としては右期間延長請求書を「抗告審判請求書差出期間延長請求」と解すべきか、少なくともこれを釈明し補正せしめなければならないものと解せられる。)

一方、特許庁の手続において従来、拒絶査定に対する抗告審判請求につき一か月以内で同請求期間の再度の延長請求があつた場合、例外なく請求どおりの延長が認められて来たことは、被告も自認するところであるところ、原告は、本件において右処理の例にかんがみて、前示のとおり当初に延長の許可を得ていた期限である昭和三七年七月二五日から一か月以内である同年八月二四日までの再度延長の請求をし、その許可を得られるものとの考えのもとに同日に本件抗告審判の請求書を特許庁に提出したものであることが弁論の全趣旨に徴し明らかである。

三  以上のとおりであつて、原告から期間延長の請求が特許庁にされ、これに対する許否の判断がされるべきであり、しかも、これを拒否すべき特別の事情が少しもうかがわれないにもかかわらず、この請求の存することに気ずかずこれに対する許否の判断のないまま、たやすく、本件抗告審判の請求がその請求期間経過後のもので不適法であるとした本件審決は、その実、まつたく特許庁内部かぎりの事務取扱上の問題を原告の責に帰することになりとうてい是認できないところであり、結局、審判における当然の前提である右事項に思いをいたし審理を尽すべきであるのにこれをしなかつた点において、審理不尽の違法あるものというのほかはない。なお、本件抗告審判の請求の後本件審決されるまでの四か月余の間に、原告において右延長請求の許否について特許庁にその存否確認等のため何らかの方途をとつたかどうかなどが本件抗告審判請求の適否に関係のないことはいうまでもない。

よつて、本件審決は、その余の点にわたつて判断するまでもなく、違法として取消を免れず、その取消を求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容すべきものとし、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(裁判長判事原増司 判事荒木秀一 影山勇)

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